
“海と生きる 気仙沼”で、忙しく走る、水色のキャビンがかわいい岡本製氷のトラック。海産物を新鮮に保つために必須な氷を扱う岡本製氷の岡本貴之さんが今回のゲスト。貴之さんはジャズピアニスト 岡本優子さんのお兄さんです。
身近な氷ですが、たかが氷、されど氷。私たちが家庭で使う氷とは違う、生鮮で扱う氷の秘密や可能性など幅広くお聞きしました。
■海産物を新鮮に保つ
育美 普段はお兄さん(岡本優子さんのお兄さん)って呼んでいるので、今回は硬くならないように……笑。気仙沼になくてはならない岡本製氷さんなんですけど、氷のことをあれこれお聞きしたいと思います。
岡本 一概に氷と言っても1種類じゃなくて、岡本製氷では角氷(純氷)と呼ばれる135キロのブロックと、家庭用蔵庫の業務版で自動製氷の2種類を併用しています。自動製氷は30-40分で氷が出来上がりますが、角氷は48時間かけて凍らせます。合わせると、1日で大体200トンぐらいの生産能力があります。これは東北でもトップクラスです。
育美 200トンも!!
岡本 夏場や、豊漁の年はずっと稼働し続けていますよ。
育美 氷って水揚げして、すぐに必要ですものね。出荷されるまでにはものすごい量の氷を使うんでしょうね。
岡本 漁港では、船に氷を積んで沖に出て、水揚げする前に鮮度が落ちないようにタンクに氷をはって冷やして。仲買人さんが魚を買い付けて工場に持っていき、発泡スチロールに詰めてまた氷を入れて出荷してと、水揚げする前から出荷まで氷が登場するシーンは多いですね。やはり鮮度保持という役割で、氷の必要性は常にあります。

育美 魚市場で使っているような砕いた氷は溶けやすそうだけど、氷屋さんの氷はなかなか溶けないイメージがあります。
岡本 先ほど自動製氷と角氷の2種類があるって話しましたが、角氷は48時間かけてゆっくり凍らせるので、氷の中に空気が閉じ込められることがなく透明です。また結晶が大きく、結晶同士の結びつきも強くなり硬い氷になります。家庭用の製氷機の氷はすぐ溶けてしまいますが、氷の結晶の一つひとつが小さなうえ結晶同士の結びつきも弱いので、溶けやすいんです。
育美 お魚用の砕いた氷でも、もとの結晶が大きいから溶けにくいんですね。すごく面白い。

■震災当時、唯一残った氷屋
来年(2026年)3月で、東日本大震災から15年が経ちます。震災当時の漁協組合長・佐藤亮輔さんは、「(震災直後の)3月20日の会合で(漁港の)6月再開を断言し、皆の心が一つになった」と話していました。漁港はもちろん、魚を消費地に届けるためのすべての機能が麻痺していた中で、漁港の初水揚げは宣言通り6月中の6月28日! 魚は鮮魚で流通される時以外は、生食でも加工品でも、一旦冷蔵・冷凍保存されます。しかし、7月末現在でも冷凍庫は1台も稼働していない状況。被災した気仙沼の製氷企業7社のうち、かろうじて岡本製氷さんだけが6月27日には稼働することができました。
育美 この15年を振り返って、率直にいかがでしたか? 東日本大震災で魚市場も壊滅的な被害にあった中で、6月に最初の水揚げがありました。そこからですね。

岡本 工場も全て被災しましたが、運よく建物自体が流されなかったのが大きかった。でも、水も電気もない。それでも魚市場は6月には復活するって発表があって、そこからだよね。結局、水揚げするにも出荷するにも氷がないと何もできない。7社あった製氷会社で唯一すぐに復旧できそうなのが、うちしかなかったので、なんとか砕いて作るというところまでは出来ました。最初はカツオだけだったのでなんとかなりましたが、当時は思った以上に水揚げと出荷が増えてしまって、うちも手に負えないような状況になった時もありました。
育美 改めて、氷はとても大切なんだと気付かされますね。
岡本 震災前は水揚げでいろんな魚種が揚がったけど、今年はカツオも不漁で、安定はしない。震災で海洋環境が変わったのか他の要因もあるとは思うけど、この15年でいろんなことに影響を及ぼしていると感じます。水産以外でも、何かないかなと探しながらチャレンジしてきた15年だったのかなと思います。でも、これからもチャレンジはしていきます。
■氷の可能性を模索
気仙沼市魚市場のすぐ目の前にある気仙沼「海の市」は、海鮮丼など生鮮を扱う飲食店やお土産屋さんが集まる観光施設。その中でも人気の施設が、「シャークミュージアム」と「氷の水族館」。氷はもちろん、企画・運営も岡本製氷さんが手掛けています。

育美 氷の水族館のこともお聞きしたいですが、市外の方は震災後にできた施設だと思っている方も多いようです。
岡本 氷の水族館自体は震災前の平成14年(2002年)に海の市にオープンしていますが、当時の運営は産業センター「海の市」で、うちは氷を作って納品するだけでした。震災後にリニューアルするというところでお声がけいただいて、運営・企画にも関わり、2017年にリニューアルオープンしました。
育美 何度もお邪魔していますが、いろんな色に変わるライティングが氷に映えて美しく、透き通る氷の中ではお魚がまるで泳いでいるよう。すごい技術です。
岡本 角氷は48時間かけて凍らせますが、氷の水族館の氷は4−5日かけて凍らせているんですよ。
育美 えー!

岡本 氷が凍る過程で、魚を閉じ込めるときに泳いでいるように見せる工夫し、氷でしかできない表現なども考えました。時々、動きをチェックしながら作業するので手間がかかり大変ですね。来館されるお客様が写真を撮りたくなるような感じで、うまく表現できたら面白いよねみたいな感じでやっています。
育美 わたしもお客さんが来られた時には案内して、観光客気分で楽しんでいます。
そして岡本製氷さんといえば、「氷屋キッチン」! 私もテレビの取材でご紹介させていただいたことがあります。シロップも地元産にこだわっていて、本当に美味しい! 最初に、「かき氷をやろう!」って思ったきっかけは?
岡本 工場見学に来ていただいた方々に氷を食べてもらおうと思ったのがきっかけです。最初は市販のシロップを使っていたんですが、みなさん「氷がフワフワで美味しい」と言っていただき、いちご農家の知り合いがいたので、まず気仙沼の階上いちごを使って妻にシロップ作ってもらいました。

さらにコロナ禍でキッチンカーの需要が増え、勢いで始めたようなものです。やると決めてから、いちご以外にも、気仙沼大島のゆず、気仙沼八瀬の山ぶどう、酒造の酒粕、南三陸町のさつまいの生産者をはじめ、酒造や和菓子屋さん、飲食店とコラボしたかき氷など種類も増えました。
育美 ほんと、産地や味、三陸のイメージにこだわっていて、どれも美味しいです。
そして、わたしもお酒は大好きなんですけど、グラスに浮かぶ氷柱が綺麗な、「バー・タイム・アイス」。ゆっくり溶けて、お酒を楽しめる。お酒好きの方には至福の時間です。
岡本 氷って安易に見られがちですけど、スーパーではカチ割り氷は売っていますが、スッティック状だったりキューブ状だったり形の変わったものは見かけない。ニッチなターゲットだけど、飲食店向けや今後は一般向けにも販売し、氷の可能性を広げていきたいなと思っています。
育美 一般向けの販売、ぜひ! 氷が違うだけでリッチな気分になりますからね。スティック状の氷もすごく興味があります!
■持続可能な地域になるための歯車のひとつに
育美 早くから氷屋さんになるって決めていたんですか?
岡本 いや、まったく。氷屋の仕事って何をやってるのかわかんなかった。高校生の時に会社を手伝いに来て、いずれは継ぐんだろうなと思いながら東京の大学に行って、卒業後に戻ってきました。
育美 気仙沼の人って地元愛が強いなと思うんですけど。
岡本 継げと言われたこともないんですけど、なんとなくです。こんなニッチな、ね。氷屋のこと知ってたら、帰ってこなかった 笑。逆に、氷の知識も、氷の業界も全然わからずに帰ってきたのが良かったのかもしれない。色々知ってたら、多分俺帰ってきてない。
育美 実際に帰ってきて、どうでした?
岡本 帰ってきて17−8年経ちますけど、氷屋は水産都市にはなくてはならないもので、生食文化がある限りなくなることはない職業かなと思います。将来、すべてが冷凍になることもあるかもしれないけど、日本に置いて生食文化がある限りは続いていく、氷は港町にはなくてはならないとは感じています。

育美 氷屋さんとして、またお兄さん個人として、次の世代に伝えていきたい思いはありますか?
岡本 自社に限らず、どうやったら気仙沼が持続可能な地域になるのか考え、模索しています。娘と息子がいますが、子どもたちが例え気仙沼を出たとしても、帰ってきたいと思える町にしておきたい。氷屋としてというより私個人としても、これから気仙沼の可能性を信じて、ネジか歯車の一部に慣れていたらいいなと思います。
育美 みなさんの力が集結して、未来につながっていくような、子どもたちが希望を持って過ごしていける未来になってほしいなと、同じ気持ちです。

■氷を溶かす氷であってはならない
氷の水族館内、魚がまるで氷の中で泳いでいる水槽ならぬ氷槽に囲まれた中ほどにガチャガチャの機械。でも、なんだか様子が違います。
岡本 氷の水族館に<氷のガチャ>を置いて、来館するお客様に楽しんでいただいています。カプセルの代わりが、氷なんです。

育美 氷のガチャ!大人気ですよね!
岡本 氷を溶かして中の消しゴムたやマグネットを取り出してもらうので、プラスチックのカプセルを使いません。岡本製氷では25年6月1日から氷をつくる電力の30%を再生可能エネルギーに切り替え、今後100%を目指します。海と生きる町で海産物の鮮度維持に欠かせない氷をつくる過程で、化石燃料をたくさん使って温暖化を進めてしまい、結果的に極地やアイスランドの氷を溶かしている。地球温暖化を進めていく現状から少しでも脱却した氷を今後は目指していきます。
今の時代にあった氷のあり方、変化を遂げた氷にしていきたいというところから、会社のパンフレットを作る中で、『氷を溶かす氷であってはならない』『この星を守る氷でありたい。』という考えにつながりました。
育美 素敵な取り組みですね。『この星を守る氷でありたい。』という言葉に、やさしさと強い想いを感じました。今の時代にとても響きます。

ふとした会話の中から生まれた、「氷を溶かす氷であってはならない」という未来に向けた岡本製氷の指針。持続可能な地域にするべき方法はまだ見つからないけれど、氷のガチャがそのヒントをくれたように、何かのきっかけ、身近な場所にヒントが隠されているかもしれません。岡本製氷さんのチャレンジは、続きます。
写真/スタジオアート
構成・文/藤川典良
■TOPICS 🧊バー・タイム・アイスを気軽に楽しむ🧊
お酒大好きな育美も興味をそそられた、バー・タイム・アイス。
岡本さん曰く、「炭酸が抜けにくい形状で、溶けにくいからお酒本来の味も損なわず最後までお酒を楽しめます」。
岡本製氷さんのスティックアイスで、お疲れさまの一杯をー。スティックアイスを気軽に楽しめるお店が、仙台駅東口のバス乗り場前のエスパル1階にある<酒場soda>。その名も“気仙沼産氷柱NINJA氷”として提供しています。ドリンクが注がれたコップでは氷が見えなくて、まさにNINJAのよう。

酒場sodaさんでは、「溶けにくいようにマイナス20度で大切に保管し、提供しています。2杯3杯と継ぎ足しても溶けにくく、お客さまにドリンクの味わいを楽しんでいただいています」とのこと。お近くにお越しの際はぜひ、岡本製氷さんのオシャレな純氷でお酒を楽しんでください。